第11回 岬の小私鉄 〜銚子電気鉄道〜


<はじめに>

私が初めて銚子電鉄に乗ったのは昭和54年の春であったと記憶しています。
その当時は車両の塗装もクリ−ム色にサ−モンピンクのツ−トンカラ−で、釣り掛けモ−タ−音を唸らせながら、車体を左右に大きく揺すりながら走ってくる電車の姿が実に印象的でした。
現在はワンマン運転が実施されていますが、当時はまだ車掌さんが乗務していて、行き先別に色の異なる車内乗車券を手際よく切って乗客に渡していく光景が見られました。
その後も何度かこの鉄道には乗りましたが、営団地下鉄から入線した車両などが気がかりになっていた為、ほぼ5年振りにこの鉄道を再訪問しました。


銚子駅に停車中のデハ801形


営団地下鉄から入線したデハ1000形の登場により、旧来の釣り掛け車が活躍する姿があまり見れなくなったようですが、この日はデハ801形が運用に就いていました。この車両は昭和25年、帝国車輌製です。<97-04-27銚子>


<銚子電鉄について>

総武本線銚子駅を起点に漁港の町外川まで、6.4Kmを結ぶ全線単線の電化路線です。車両基地は仲ノ町駅構内にあり、交換設備は笠上黒生駅にあります。
もとは大正2年に開業したものの、鉄鋼ブ−ムに乗じてレ−ルを売却して大正6年に廃線となった銚子遊覧鉄道の施設を再利用して大正12年に全通をさせています。
この鉄道はこまめに乗客を拾って総武本線へと送り渡す役割と犬吠埼への観光客を輸送する役割を担うほか、ヤマサ醤油の貨物輸送も引き受けていました。
ところが、昭和30年代のヤマサ醤油の専用線引き込みによる貨物輸送減に加え、昭和40年代には急速なモ−タリゼ−ションによる乗客減が発生し、早くもこの鉄道は窮地に追い込まれることになりました。
その為、昭和44年以降より自治体からの欠損補助を受けての存続がなされてきました。
平成2年には資本系列が京成系列の千葉急行から切り離され、県内有力企業の内野屋工務店系の銚電恒産に経営権が委譲され、観光客の誘致策として施設や車両の整備が行われるなどの対策が行われています。
特に駅施設については特徴ある駅舎の建設が行われたほか、車両面でも営団地下鉄よりデハ1000形を導入しています。尚、小型電機デキ3や遊覧客車「澪つくし」も現時点では在籍しています。


デハ801形の車内の様子


ワンマン運転とは言いながらも、銚子〜笠上黒生間では車掌さんも乗務するようです。<97-04-27デハ801形車内にて>


デハ801形の運転室


ワンマン運転実施にあたり、運賃箱と整理券発行機の設置が施されています。<97-04-27デハ801形車内にて>


仲ノ町に留置されているデハ701形の2両連結


銚子電鉄の車両基地は仲ノ町駅構内にあります。写真はデハ701+デハ702ですが、この他にも様々な車両が構内で休んでいます。<97-04-27仲ノ町>


<気になる在来車両たち>

営団地下鉄からデハ1000形が入線しましたが、これにより旧来の在来車両の処遇が気になり、車庫のある仲ノ町駅を訪れてみることにしました。
側線にはデハ701とデハ702が併結状態で留置されているのが見えましたが、この他にも元鶴見臨港鉄道のデハ301の姿も見ることが出来ました。個人的にはこの車両の処遇が非常に気になっていたのですが、外観上は再塗装が施されたのか、意外にも綺麗な状態で留置されているのを確認することが出来ました。
ところが、そのはずれにもう1両、元上田丸子電鉄のデハ500が留置されているのも確認出来たのですが、こちらの方は塗装は色あせボロボロの状態でした。
いずれにしても、これらの車両は予備車的存在になると思いますので、撮影は早めに行われた方が良いと思います。


笠上黒生駅の側線に留置されているデキ3形


笠上黒生駅の側線に留置されている日本一小さい電気機関車デキ3形(ドイツ/アルゲマイネ社製)。てっきり仲ノ町駅構内で寝ているものと思いきや、こんな所で対面することが出来ました。<97-04-27笠上黒生>


笠上黒生駅に到着した「澪つくし」


デハ1000形に牽引される「澪つくし」号。対向のデハ801形との交換風景です。<97-04-27笠上黒生>


笠上黒生駅


銚子電鉄唯一の交換駅、笠上黒生駅。銚子側から外川方向に撮影しました。昔ながらの転轍てこ、タブレット交換を見ることが出来ます。右端の側線の手前にはデキ3形が、さらにその奥には廃車体同然のデハ101が留置されています。<97-04-27笠上黒生>


お粗末さまでした。Back to Top

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